昨日の院長ブログで、私が幼少期を過ごした昭和時代は、情報の民主化が進んでいる現代とは全く異なっていたとお話ししました。

https://fukatsu-clinic.com/blog/2026/08/28

人は誰もが幸せになりたいと願いながら生きています。

そして幸せになる方法は、人それぞれなのです。

様々な他人軸…

それは学歴、資格、出世、地位そしてお金などのミームです。

他人軸のこれらは、私達の心の中にある承認欲求を、時に刺激し、時に駆り立て、時に苦しめて行きます。

今日一日をどう過ごすのか?

今日一日をどう過ごしたのか?

喜びを持って見つめ味わおう😉

人間の行動を有意識の部分だけで語られることが多いですが、実は無意識からの反射がほとんどです。

無意識からの反射は、負の感情から発生することが実に多い。

母が亡くなり、家族が集まり話し合うことも多くなりました。

母を思い出すこととは、私の幼少の頃からの人生を思い出すことと重なってきます。

そして幼い頃からの思い通りにならない、辛い気持ちも蘇ってくるのです。

トイレで集団で1人を取り囲み、押したり引いたりする…

街中の子供たちは小学生3年生で段階で、典型的ないじめパターンを習得していた。

今エンターテイメントの心を持って、この典型的ないじめパターンを考察してみると、このパターンは大変秀悦であることに気づきます。

まずトイレでは人目につかないし、かごめかごめをして遊んでいるようにも見える。

そして怪我をさせずに屈服させることができるのです。

しかしスマホがない情報不足の昭和時代に、何故そんな秀悦なパターンを思いついたのか?

それは多分思いついたのではない🥹